2017年7月28日金曜日

高天原:天安河・天香山・天之眞名井・天石屋 〔070〕

高天原:天安河・天香山・天之眞名井・天石屋


<本稿は加筆・訂正あり。こちらを参照願う>
いよいよ三貴神中の二貴神の物語の始り、行き着くところは一貴神の天照大神が主役を演じるのだが、何故か造化三神中の高御產巢日神(高木神の名前で)がしゃしゃり出て来る。この辺りの登場人物のキャラクター設定にやや首を傾げるところだが、裏を勘ぐるのは後日としよう。

伊邪那岐大神に見捨てられて黄泉国に向かおうとするのだが、天照大神に一言声を掛けてからと、「天」に参上した。世間は騒がしくなるは、天照大神は超が付く完全武装で待ち構えるは、トンデモナイ状況になってしまったとのこと。信用を取り戻すには、如何すべきとなって・・・

古事記原文[武田祐吉訳](以下同様)

速須佐之男命答白「各宇氣比而生子。」故爾各中置天安河而、宇氣布時、天照大御神、先乞度建速須佐之男命所佩十拳劒、打折三段而、奴那登母母由良邇、振滌天之眞名井而、佐賀美邇迦美而、於吹棄氣吹之狹霧所成神御名、多紀理毘賣命、亦御名、謂奧津嶋比賣命。次市寸嶋上比賣命、亦御名、謂狹依毘賣命。次多岐都比賣命。[スサノヲの命は「誓約を立てて子を生みましょう」と申されました。よって天のヤスの河を中に置いておいて誓約を立てる時に、天照大神はまずスサノヲの命の佩いている長い劒をお取りになって三段に打ち折って、音もさらさらと天の眞名井の水で滌そそいで囓みに囓んで吹き棄てる息の霧の中からあらわれた神の名はタギリヒメの命またの名はオキツシマ姫の命でした。次にイチキシマヒメの命またの名はサヨリビメの命、次にタギツヒメの命のお三方でした]

「宇氣比」は「誓約」と訳される。生まれる子供で身の潔白を証明するとは、なかなか理解し辛いところではある。男女の違い?総数?…ルールの理解も難しい。言葉で発したものがそのまま実現すること、それが誓約の結果のように思われるが、「盟神探湯(クカタチ)」もこれの一種だとか…。

それで勝負が始まり先ずは須佐之男命の剣から三人の比賣が生まれた。宗像三女神と呼ばれる、世界遺産の女神達である。霧の中から現れる、なんとも幻想的な設定である。美しい三姉妹の誕生を祝そう。

そんな舞台が「天」である。黄泉国が現実なら「天」も現実であろう。そう勢い込んで「天」の紐解きに入る。今まで行ってきた地形象形を信じて安萬侶くんが伝える「天」の在処を突止めてみよう。上記の説話に登場するのは「天安河」「天之眞名井」である。

天安河


「天」とは何を意味するのであろうか?…天空ではない。「天」がついた言葉は既に何度もお目に掛かっている。伊邪那岐・伊邪那美の十六島の国生みに「天」が登場する。大八嶋国で四島、六嶋で三島である。生まれた順に…

①隱伎之三子嶋、亦名天之忍許呂別 ②伊伎嶋、亦名謂天比登都柱 ③津嶋、亦名謂天之狹手依比賣 ④大倭豐秋津嶋、亦名謂天御虛空豐秋津根別 ⑤女嶋、亦名謂天一根 ⑥知訶嶋、亦名謂天之忍男 ⑦兩兒嶋、亦名謂天兩屋、

である。古事記の舞台がこの「国生み」の島であるなら、天照大神や須佐之男命が誓約した場所もこの七つの島の中にあると推測される。①天之忍許呂別:ひどくコロコロとしたところ ③天之狹手依比賣:狭い土地が頼りの比賣 ④天御虛空豐秋津根別:天が御する虚空の豊秋津嶋 ⑤天一根:一本の根っこ* ⑥天之忍男:目立たない男 ⑦天兩屋:二つ並んだ島

既に特定したように島の面積からでも①地島、⑤女島、⑥男島、⑦蓋井島は対象外であろう。また④は「天」がこれから統治するところである。「天」の本拠地は、②伊伎嶋、亦名謂天比登都柱と結論される。「天」の中心となる「一つ柱」と言われる「伊伎嶋」=「壱岐島」である。「天安河」「天之眞名井」はこの島にある。

では「天安河」の「安」は何と解釈すれば良いであろうか?…「安」は既に登場した。「近淡海之安国」である。この地は現在の福岡県京都郡苅田町上・下片島にあったとした。根拠は高城山山塊の西麓の谷間が作る古事記の三つの地名には、「八田(ヤタ)」「八瓜(ヤカ)」「安(ヤス)」の「ヤ」という共通の語幹を持った地名と紐解いたことにある。

「ヤ」=「谷」である。「安(ヤス)」=「谷州(ヤス)」として、吉野河(現在の小波瀬川)の河口付近にあった「州」を表すと解釈された。この三つの地名の比定は「八田」が神倭伊波礼比古の東行に再現(八咫烏)したことからも確度の高いものと思われる。

「安河」=「谷州河」とは一体、壱岐の何処にあるのだろうか?…この島は岳ノ辻の噴火によって形成された溶岩台地である。およそ標高200m以下の楯を並べたような凹凸のある地形を示している。当時とも基本的には大きな差はないものであろう。山塊と呼べる場所が見つからないのである。

が、「近淡海之安国」とは非なるが似ている場所、しかも極めて特徴的なところが見出せた。現在の壱岐市勝本町にある勝本ダムから南北の山に挟まれた谷を流れる後川川は蛇行しながら初尾川と、更に谷江川と合流する。これらの川によって、多くの「州=川中島」が形成されていたと思われる。

  
「谷江川」は芦辺町の河口まで標高100m前後の台地の谷間を約3km強の区間流れる。全体的には高低差の少ない溶岩台地の中をその窪みの谷間を縫うように走る川である。現存する名前の中の「谷」でその地形を象形していると思われる。極めて特異な地形であることを古事記は伝えている。

「天」の中心は何処であろうか?…まさか河口ではあるまい。この川の上流、その畔にあったと思われるが、上記の説話では不詳である。「天之眞名井」は後述するとして先に進む。かの有名な天照大神が須佐之男命の態度に激怒されて天の岩戸にお隠れになる段である。そこに「豊かな情報」が隠されていたのである。

天香山


於是萬神之聲者、狹蠅那須此二字以音滿、萬妖悉發。是以八百萬神、於天安之河原、神集集而訓集云都度比、高御產巢日神之子・思金神令思訓金云加尼而、集常世長鳴鳥、令鳴而、取天安河之河上之天堅石、取天金山之鐵而、求鍛人天津麻羅而麻羅、科伊斯許理度賣命、令作鏡、科玉祖命、令作八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠而、召天兒屋命・布刀玉命布刀而、內拔天香山之眞男鹿之肩拔而、取天香山之天之波波迦、令占合麻迦那波而、天香山之五百津眞賢木矣・・・[こういう次第で多くの神樣たちが天の世界の天のヤスの河の河原にお集まりになってタカミムスビの神の子のオモヒガネの神という神に考えさせてまず海外の國から渡って來た長鳴鳥を集めて鳴かせました。次に天のヤスの河の河上にある堅い巖を取って來、また天の金山の鐵を取って鍛冶屋のアマツマラという人を尋ね求め、イシコリドメの命に命じて鏡を作らしめ、タマノオヤの命に命じて大きな勾玉が澤山ついている玉の緒の珠を作らしめ、アメノコヤネの命とフトダマの命とを呼んで天のカグ山の男鹿の肩骨をそつくり拔いて來て、天のカグ山のハハカの木を取ってその鹿の肩骨を燒いて占なわしめました。次に天のカグ山の茂った賢木を・・・]

というわけで世間は大騒ぎになって、どんなことがあっても挫けない思金神くんが登場。いろんな案が出て来るので情報満載、余分なものが多いけど…。それで現れ出でたるのが「天香山」。倭と同様に「天」の中心に存在する山と想定できる。

あらためて「香」の文字解釈をしてみると、目から鱗で反省するところもある。「香」は「黍(キビ)」と「曰(モウス)」からなる文字で、神に黍を供えて祝詞を捧げることに語源があるとのこと。良い匂い、優雅で美しいさまを表現する。キーワードは「神」である。

「安河」の上流に「神岳(カミオカ)」という山の名前が現存する。「天香山」は現在の長崎県壱岐市勝本町新城西触にある「神岳」と特定することができる。そして数本の川が「谷江川」に合流するところ、そこに「天」の人々(神々)が集まり「触=村」を作っていたのであろう。「高天原」の中心に「天香山=神岳」があった。

驚くべきことには「倭」に酷似した地形である。逆に古代の都はこの酷似する場所にこそ存在し得た、と言える。邇藝速日命が「虚空見日本国」と叫んだ中に酷似する地形を目の当たりにしたから、と言っても良いであろう。新天地の発見はいつの時代でも感動的、拡大解釈のフラクタルに驚くのである。

ついでにもう一つの山「天金山」がある。鉄が採れるところ、これだけではなんともであるが、芦辺町箱崎「釘ノ尾触」、また壱岐の南方に郷ノ浦町「釘山触」がある。更にカラカミ遺跡」(勝本町立石東触)での弥生時代の鉄精錬跡が見つかっている。その後の関連情報は見つからないが・・・。

精錬から鍛治職人まで「天の金山」だから鉄鉱石が採れたのだろう。日本の製鉄史もかなり怪しい。下関市の「吉見」が全く顔を見せない。大量生産だけがモノづくりではない。その視点を外さない限り何も見えない、悲しい現実である。「金山」の場所探しは別途…思金神くんが奇想天外な提案したのではなかったことで…。

さて、残りの「天之眞名井」そして天照大神がお隠れになった「天石屋」に話を進めよう。

天之眞名井


「天之眞名井」の「真名」は幾度か目にした文字である。また現在も引き継がれて使われる言葉でもある。諸説があるが、概ね山深いところにある神社に関連するようである。「名=命」として「真名」=「真命」=「真に一番大切なもの」となり、「神」に通じる。現在の「神岳」から流れ出る浄水の「井=水汲み場」と解釈される。

「神岳」の東南麓を流れる小川にあった「井」が「天之眞名井」=「天の神の井」と呼んだのだろう。壱岐島四国八十八カ所霊場を開くのに努めた方々といたとのこと。その一番札所が「神岳」にあった本宮寺(現在は麓に移転)だとか。日本の神社仏閣、ともあれ由緒正しく、いつまでも残して置きたいものである。

「誓約」の場所は「眞名井」の川と後川川が合流する地点であったのではなかろうか。「神岳」の麓であり谷間の開けた場所でもあり、神聖な水が流れるところである。「天安之河原」と推定される。

天石屋


「天石屋」は何と紐解く?…「石()屋」とくれば何度も古事記に出現した。神倭伊波礼比古の「忍坂大室」「葛城室之秋津嶋宮」の「室」が「岩屋」を意味する。これらは山合の谷間を流れる川の両岸にそそり立つ山の斜面にある洞窟である。

地形的類似性からすると、後川川(谷江川支流)が勝本ダムに向かう、「神岳」とその北方の同じ程度の高さの山が作る谷間の斜面にあったと推察される。現地名は勝本町新城西触である。「岩屋」ができるところは限定される。深い谷間の地、それ以外は特異、例えばカルスト台地、なところであろう。


多くの神々が集まり無い知恵を絞って天宇受賣命の大胆なダンスに繋がる。そこは、やはり都の雰囲気を醸しだしているように思うが、どうであろうか・・・。天照大神の拗ね方は女性っぽいが、果たしてそうなのか…壱岐も真に興味溢れる地となったが、長崎大学の方がその地形を調査されている、興味のある方はこちらを参照願う。

古事記はズンズンと話を進める。途中省略した部分を含めて、次回に…。

…と、まぁ、「天」が少しは見えたところで・・・。



天一根*

註記に従えば「天」≠「アマ」である。よって以下の解釈とした。

女嶋、亦名謂天一根。訓天如天」と記される。注記があって、天(テン)であって天(アマ)とは読まないとされている。同様の記述が出て来た例がある。大年神が娶った秋津の天知迦流美豆比賣に含まれる「天」である。詳細はこちらを参照願うが、「天=火の文字の頭の部分」を示すと解釈した。

では、女嶋の「頭」とは?…図から分かるように人体に模した表現と思われる。左側の二つに分岐したところが脚、右側が頭部に見立てたのである。

「根」は度々登場する文字なのであるが、概ね「根本、中心」などの解釈が適する。「一」が付いていることからそのままでは意味が通じない。「根」=「木+艮」と分解し、「木」=「山稜」の安萬侶コードを適用すると…、


木(山稜)+艮(強調された目)

…「山稜が目の形」と紐解ける。「目」は魚の目などで使われる突起したところの意味である。


天一根=頭部が一つの目の形


…と解釈できる。(2018.04.07)