2018年1月22日月曜日

當麻の地、その全容 〔157〕

當麻の地、その全容


Ⅰ. 當麻勾・當摩之咩斐


當麻(摩)の文字が古事記に初めて現れるのは開化天皇の御子、日子坐王が山代の苅幡戸辨を娶って誕生した小股王が祖となったという以下の…

「日子坐王、娶山代之荏名津比賣・亦名苅幡戸辨生子、大俣王、次小俣王、次志夫美宿禰王」・・・「小俣王者、當麻勾君之祖」

…記述である。既に記述したところも含めてこの地の全容を纏めてみる。この紐解きのポイントは「麻」が略字になっていることにあった。

「麻」=「魔」とすると…、


當麻=當(向き合う)|麻(魔:人を迷わすもの)

…「修験場」を意味する地名と紐解ける。「勾」=勾(の字に曲がった地形)」を加えると…、


修験場の傍らにある勹の字の地

…と解釈することができた。現地名:直方市上境にある水町池を囲む山稜である。英彦山系修験場があり、多くの修験行者が居たと伝わる福智山・鷹取山の裾野に当たる。現在の奈良県葛城市にある當麻寺も役行者が絡むと言う。<が中心地;図中右上方向に福智山・鷹取山> 現在は三つの行政区分の境となっている。



次に天之日矛の子孫である「淸日子」が當摩之咩斐」を娶る記述に現れる。人名であるが地名でもあると考えて紐解いた。「咩」=「メエー:羊の鳴き声」と辞書にあるが、咩」=「口+羊」と分解し、羊の口の形の象形であるとすると…、

咩斐=咩(羊の口)|斐(挟まれた隙間)

…と判った。上図の水町池の東端、おそらくは当時の池は現在よりも小さく、羊の舌先の地も広がっていたであろう。現地名は直方市上境である。

さて、當摩之咩斐は「酢鹿之諸男、次妹菅竈上由良度美」の二人を誕生させる。どんな意味を含めているのか紐解いてみよう。「酢鹿」とは?…「酢」=「酒を皿に作って、「す」にする」とある。「酒」がキーワード…上記の水町池は「酒折池」であった。「酒=坂」である。「酢」=「酒(坂)+乍(たちまち、直に)」とすると…

酢鹿=酢(短い坂で直ぐに)|鹿(麓:ふもと)

の地形象形ではなかろうか。「諸男」=「守男」でその地を守護する人を意味すると思われる。上図の水町池に至る二つの坂道、それを取り締まっていたと解釈される。

菅竈上由良度美」は何と解く?…「菅」=「酢鹿」上記の水町池に向かう坂であろう。「竈」は何を示すのであろうか?…竈の形をした山、丘と紐解くと「羊の舌」が該当するのではなかろうか。二つの坂に挟まれた小高い丘を「菅竈」と表現したと推定した。



釡の上方の蒸気が立つようにユラユラとした態度(様子)が美しい…その血筋が葛城の高額比賣命に受け継がれ、更に息長帯比賣命に・・・ちょっとイメージが違うかも?…當麻の血が流れて行ったことは間違いないようである。 


開化天皇紀に日子坐王の子孫が旦波国、多遲摩国などに広がっていく様が語られている。小俣王もその一人で「當摩」に移る。「淸日子」の居場所を修験場・求菩提山の麓の築上郡築城町寒田とした。修験場繋がりについては憶測の域をでないが、神の畏敬を通じた古代の人々の交流を伺わさせるものではなかろうか。

Ⅱ. 當麻之倉首比呂

橘豐日命(用明天皇)紀に最後の當麻関連事項が記述される。古事記原文(抜粋)…、

娶當麻之倉首比呂之女・飯女之子、生御子、當麻王、次妹須加志呂古郎女。

「倉首」はそれぞれが既出で、合せると…、


倉首=倉(谷)|首(凹形の地)

…と解釈でき、谷のような凹の地を示していると思われる。「呂」の地形象形を下記のようにすると…、


比呂=比(並ぶ)|呂(田が重なる様=棚田)

…「棚田が並んでいる様」と紐解くことができる。これらのキーワードで探すと…當摩北部の谷が適すると思われる。現地名は直方市永満寺である。

比賣「飯女」の「飯」=「食+反」、更に「食」=「山+良」と分解する。伊邪那岐・伊邪那美が国生みした「讚岐國謂飯依比古」の「飯」と同様に解釈して…、

飯=なだらかな山麓


…と読み解く。上記のなだらかな谷の様子を示していると思われる。古事記中最後の「飯」の文字の出現、全て上記の解釈で地形象形されていたことが判る。見事な文字使いの一貫性である。

御子に「當麻王、次妹須加志呂古郎女」と記される。當麻王はその地の中心に居たのであろう。


須加志呂古=須(州)|加(増やす)|志(之:川の蛇行)|呂(棚田)|古(固:しっかり安定)

…とすれば「州があって川の蛇行が増すが棚田がしっかりしている」ところに住む郎女という意味ではなかろうか。同じ永満寺にある當麻の谷の出口辺りと推定される。



當麻の地が天皇家に深く関わっていたことが判った。現在から見れば修験の世界は遥かに過去の世界である。神仏習合後の修験道の原形、山岳信仰の時代である。古事記がその世界を垣間見せていることだけは確かなように思われる。

…全体を通しては「古事記新釈」を参照願う。