2018年4月26日木曜日

内色許男・葦原色許男 〔202〕

内色許男・葦原色許男


邇藝速日命の子、宇摩志麻遲命(現地名田川郡赤村赤の畑辺りに居たと比定)が「穂積臣」の祖となったと記述されていることを既に述べた。そしてこの臣が春日の中心地(現地名同郡赤村内田の中村辺り)を統治し、大きく繁栄していく様子も概ね伺い知れるようになって来た。

宇摩志麻遲命は、その名前が示すように急峻で険しく谷間を蛇行する川の畔を開拓し「天」から降臨した父親の望みを叶えようとしたものと推察される。古事記が伝えているのは、原住民との融和を前提して、彼らが行ったことは、原住民が手が付けられなかった荒れ地を切り開いて行くことであった。邇藝速日命に続く「天」からの降臨人に引き継がれた重要で不変な考え方であったと受け止められる。

さて、そこに「色許」を含む名前が登場する。この名前は「葦原色許男」、生死を彷徨い何度も名前を変えて登場する大国主命の名前の一つに含まれていた。出雲の英雄(勿論恣意的に作られたものだが…)、直接的には開化天皇など皇統に深く関わる重要なキーワードと思われる。が、「色男」まさかの「醜男」程度の解釈で今日に至っている。この重要なキーワードを無視及び暈したのが「正史」日本書紀と呼ばれるものなのである。

大倭根子日子國玖琉命(孝元天皇)紀に記された古事記原文(抜粋)…

大倭根子日子國玖琉命、坐輕之堺原宮、治天下也。此天皇、娶穗積臣等之祖・內色許男命、此妹・內色許賣命、生御子、大毘古命、次少名日子建猪心命、次若倭根子日子大毘毘命。三柱。又娶內色許男命之女・伊賀迦色許賣命、生御子、比古布都押之信命。

若倭根子日子大毘毘命(開化天皇)、後に大活躍される大毘古命が誕生している。また前記の「御眞津比賣」で述べた伊賀迦色許賣命も登場する。內色許男命・內色許賣命は既に紐解いているが一部重複しながら述べてみよう。


內色許男命

「色男」「醜男」に全く囚われることなく、である。再掲すると・・・、

「色」=「華やかで美くしい」、「許」=「目立つ(際立つ)状態になる、盛んになる」を辞書の中から選択してみると…、


色(華美な)|許(際立つ)

…「華やかで美しいものが際立っている」と読み解ける。

一件落着、とは行かないようである。それだけの内容を伝えるのにワザワザこの文字を使うか?…こんな浮部のことを伝えているとは到底思えない。

間違いなく地形象形の筈…「色」=「人+巴」である。「巴」=「渦巻く、曲がりくねる」蛇の象形文字と解説される。「許」=「元、下、所」とすると…、


色(渦巻く地形)|許(下)|男(田を作る人)

<内色許男・賣命と伊賀迦色許男・賣命>
…「渦巻く地形の下の男(田を作る人)」と紐解ける。「壹比韋」(全体に囲いを並べ備えた地:現地名田川郡赤村内田山の内)のことを述べているのである。醜女(シコメ)」との関わりなど以ての外である。「内」=「内側」として…、

内色許男=内側が渦巻く地形の下の男(田を作る人)

…と紐解ける。「色」=「壹比韋」となろう。図に示した通りの配置であったと思われる。

前記したように孝元天皇及び開化天皇の二代に使えた「伊賀迦色許賣命」に加えて「伊賀迦色許男命」も崇神天皇紀に登場する。

大物主大神を祭祀する為に意富多多泥古を神主として御諸山で拝祭するのであるが、その時の世話役である。天皇の側近と言ったところであろうか。

古事記は語らずなのだが、名前からも伺えるように「伊賀迦色許賣命」の弟のようであり、同じ場所に坐していたのであろう。「内色許男命」の息子である。

若倭根子日子大毘毘命(開化天皇)は後にこの春日の中心地に「伊邪河宮」を造る。実に巧妙な、と言って良いであろう戦略であった。邇藝速日命が切り開いた地にすんなりと侵出したのである。速須佐之男命が切り開いた地に入ろうとした大国主命の場合とは全く異なる結果であった。一人の英雄(勿論作り上げたものだが…)の尻を叩くだけでは為し得ない・・・学習結果である。

登美能那賀須泥毘古との戦いに勝った神倭伊波禮毘古命の功績を賛辞しているとも読取れる。何はともあれ大倭根子日子國玖琉命(孝元天皇)までの天皇達の努力の賜物であろう。未開の葛城の地を手中にした財力は圧倒的だったのだろう

葦原色許男

「葦原色許男」に関係する大国主命の説話を抜粋して示す。古事記原文[武田祐吉訳]…

故、隨詔命而、參到須佐之男命之御所者、其女須勢理毘賣出見、爲目合而、相婚、還入、白其父言「甚麗神來。」爾其大神出見而、告「此者、謂之葦原色許男。」
[そこでお言葉のままに、スサノヲの命の御所に參りましたから、その御女のスセリ姫が出て見ておあいになつて、それから還つて父君に申しますには、「大變りつぱな神樣がおいでになりました」と申されました。そこでその大神が出て見て、「これはアシハラシコヲの命だ」とおつしやつて]
・・・<中略>・・・
故爾追至黃泉比良坂、遙望、呼謂大穴牟遲神曰「其汝所持之生大刀・生弓矢以而、汝庶兄弟者、追伏坂之御尾、亦追撥河之瀬而、意禮二字以音爲大國主神、亦爲宇都志國玉神而、其我之女須世理毘賣、爲嫡妻而、於宇迦能山三字以音之山本、於底津石根、宮柱布刀斯理此四字以音、於高天原、氷椽多迦斯理此四字以音而居。是奴也。」
[そこで黄泉比良坂まで追っておいでになって、遠くに見て大國主の命を呼んで仰せになったには、「そのお前の持っている大刀や弓矢を以って、大勢の神をば坂の上に追い伏せ河の瀬に追い撥って、自分で大國主の命となってそのわたしの女のスセリ姫を正妻として、ウカの山の山本に大磐石の上に宮柱を太く立て、大空に高く棟木を上げて住めよ、この奴」と仰せられました]

須佐之男命が知っていたのか、そこで名付けたのか不詳だが大穴牟遲神(大国主命)を「葦原色許男」と呼んだ件である。黄泉国での試練に耐えて逃げようとする時に更に追い打ちを掛けられる。事細かな指示を述べて「大国主神」「宇都志國玉神」となれ!…と叫ぶのである。「葦原色許男」は何と紐解けるであろうか?…「色」「許」「男」は上記と同様にして…、


葦原(出雲)|色(渦巻く地形)|許(下)|男

…「出雲の渦巻く地形の下の男」と紐解ける。勿論これだけでは何のことか気付けるわけではないが、次に叫んだ宇都志國玉神」と繋がっていると読み解ける。

ところで「宇都志國玉神」は何と解釈すれば良いのであろうか?…武田氏は「大国主神」のみ訳してこちらはスルーしている。従来は「現し(ウツシ)」とされるようである。黄泉国から現実へ…何となく判ったような気になる解釈であろう。実際作者はそう読めるように、その意味も込めて書いていると思われる。がしかし、本来の意味は…安萬侶コードで全て解読できるようである…、


宇都志=宇(山麓)|都(集まる)|志(之:蛇行する川)

…「山麓が集まり蛇行する川がある」国と紐解ける。「宇迦=山麓が出会う」に「志」を麓に加えて国らしく表現した、と解釈される。


<北九州市門司区大里>
これに続く「玉神」は玉のような…であろうか?…「玉のような山」の地形を述べているのである。緑ヶ丘の東側の山(通称:桃山)、これを「玉」と称しているのである。

現実の…と匂わせながら宮の位置を示す。これが古事記であろう。後に「御魂」とも表現されるところである。

「葦原色許男」も「宇都志国玉神」も全く類似するところを示していたと思われる。「色許」は春日の、そして出雲の中心にある地形を表現していたと判る。山稜に囲まれた凹の地形、かたや山稜そのもの凸の地形、それら両方を表す言葉「色」即ち「巴」の象形を使ったのである。

「色許」の文字によって古事記が伝えることが鮮明に浮かび上がって来る。「葦原色許男」は黄泉国から逃げ出して「大国主神」即ち「宇都志國玉神」となれ、と励まされているのである。いや、これは指示・命令であろう。しかもその地は彼ら天照大御神・高木神達が統治できるところではなかったのである。肥河の近隣を除き、速須佐之男命の御子、大年神一族が支配する地であった。

多くの名前、それは多くの役目、それも重い役目を仰せつかったからであろう。そして更なる悲劇を生むことになる。その悲劇を体現化した「大物主大神」人々の記憶から消失してしまった彼の出自の曖昧さとなってしまったのである。皇統に絡む主要人物、古事記編者にもこの欠落を補うことは叶わなかったのであろう。勿論あったがあまりにも都合が悪く暈した、とも推測されるが・・・やはり前者と解釈しておこう。

ところで少々余談気味に・・・「大穴牟遲神」大国主命に最初に付けられた名前である。これが本来の名前ということであろう。いや、本来は棘国(佐度嶋:現在の福岡市西区小呂島)で誕生したのだから出雲に送り込まれた時に「大」が付いた思うべきかもしれない。ちょっとややこしいのが「穴」の解釈であろう。「洞穴」ではなかろう。「穴」=「宀+ハ」と分解すると、またまた安萬侶コードで「穴」=「山麓のハ(谷)」と紐解ける。


大(大の)|穴(山麓の谷)|牟(大きく)|遲(治水された)

…「大の山麓の谷にある大きく治水されたところ」と紐解ける。彼の遠祖、須佐之男命の御子、八嶋士奴美神が開いた場所に重なると思われる。前記の図を再掲。


<北九州市門司区永黒>
八嶋士奴美神系列であって大年神系列ではない、だから「大穴牟遲神」が送り込まれたところは出雲の北部、肥河(現大川)の畔であったことが確認できる。

「色許」の地を奪取する際の全く異なる状況を上記の二つの名前が示していたのである。

「葦原色許男」の散々たる結果から多くを学び「内色許男」へと繋がって行ったことを、何とも捻った表現で…そうせざるを得なかった?…伝えようとしたのが古事記なのである。