天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
1.瑞宝十種(天孫の璽)
瀛都鏡(おきつかがみ)、辺都鏡(へつかがみ)、八握(やつか)の剣、生玉(いくたま)、死反(まかるかえし)の玉、足玉(たるたま)、道反(ちかえし)の玉、蛇の比礼(ひれ)、蜂の比礼、品物(くさぐさのもの)の比礼
「もし痛むところがあれば、この十種の宝を、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十といってふるわせなさい。ゆらゆらとふるわせよ。このようにするならば、死んだ人は生き返るであろう」これが“布留(ふる)の言(こと)”の起源である。
2.防御の人(32人)
天香語山命(尾張連の祖)、天鈿売命(猿女君の祖)、天太玉命(忌部首の祖)、天児屋命(中臣連の祖)、天櫛玉命(鴨県主の祖)、天道根命(川瀬造の祖)、天神玉命(三嶋県主の祖)、天椹野命(中跡直の祖)、天糠戸命(鏡作連の祖)、天明玉命(玉作連の祖)、天牟良雲命(度会神主の祖)、天背男命(山背久我直の祖)、天御陰命(凡河内直の祖)、天造日女命(阿曇連の祖)、天世平命(久我直の祖)、天斗麻弥命(額田部湯坐連の祖)、天背斗女命(尾張中嶋海部直の祖)、天玉櫛彦命(間人連の祖)、天湯津彦命(安芸国造の祖)、天神魂命(葛野鴨県主の祖)[または三統彦命という]、天三降命(豊田宇佐国造の祖)、天日神命(対馬県主の祖)、乳速日命(広沸湍神麻続連の祖)、八坂彦命(伊勢神麻続連の祖)、伊佐布魂命(倭文連の祖)、伊岐志迩保命(山代国造の祖)、活玉命(新田部直の祖)、少彦根命(鳥取連の祖)、事湯彦命(取尾連の祖)、八意思兼神の子・表春命(信乃阿智祝部の祖)、天下春命(武蔵秩父国造の祖)、月神命(壱岐県主の祖)
3.五部の人
天津麻良(物部造の祖)、天曽蘇(笠縫部の祖)、天津赤占(為奈部の祖)、富々侶(十市部首の祖)、天津赤星(筑紫弦田物部の祖)
天津麻良(物部造の祖)、天曽蘇(笠縫部の祖)、天津赤占(為奈部の祖)、富々侶(十市部首の祖)、天津赤星(筑紫弦田物部の祖)
4.五部の造
二田造、大庭造、舎人造、勇蘇造、坂戸造
二田造、大庭造、舎人造、勇蘇造、坂戸造
5.二十五部の人
二田物部、当麻物部、芹田物部、鳥見物部、横田物部、嶋戸物部、浮田物部、巷宜物部、足田物部、須尺物部、田尻物部、赤間物部、久米物部、狭竹物部、大豆物部、肩野物部、羽束物部、尋津物部、布都留物部、住跡物部、讃岐三野物部、相槻物部、筑紫聞物部、播麻物部、筑紫贄田物部
6.船長及び梶をとる人
<鳥見之白庭山> |
7.降臨場所
降臨:哮ヶ峯=香春三ノ岳
定着:鳥見(トミ)之白庭(シラニワ)山=戸城(トシロ)山
香春三ノ岳:福岡県田川郡香春町、戸城山:福岡県田川郡赤村内田香春一ノ岳:飛鳥
<鳥見之白庭山3D> |
<天火明命> |
・日下=香春町採銅所宮原周辺;日下(クサカ)=ク(櫛玉命)・サ(佐る)・カ(処)=櫛玉命が加護する処
日(饒速日命=香春三ノ岳)の下(もと)にある場所
・春日=赤村内田周辺(戸城山北西麓)
春日=太陽のような山(日)の前で延び出た山稜が[炎]のように細かく岐れている(春)ところ 太陽=戸城山
春(物事の初めの勢いのある)日(邇藝速日命)の場所
後に丸邇氏が定着した宇遅に隣接する。「ㇳ」と呼ばれた場所:鳥見、登美、十市など
古事記に「鳥見」は出現しない。登美の場所は下記参照。
古事記に「鳥見」は出現しない。登美の場所は下記参照。
<師木登美豊朝倉> |
曙立王:垂仁天皇の御子(品牟都和氣命、母:佐波遲比賣命)の出雲行幸に随行して、その功績により「師木登美豊朝倉曙立王」を拝命する。図中央の鳥居が大祖神社、朝倉(朝が暗い)として比定。
「登美」地名。現在の地名は田川郡赤村内田。下記「登美能那賀須泥毘古」の図参照。
血沼池、狭山池、日下之高津池の各池を作る。横刀壱千個を石上神社に奉納。河上部を定める。
比定地:田川郡赤村赤田峰の山浦大祖神社(図中上部の鳥居)。川下に「見取」の地名あり。
池もあったのであろうが確認できず。鳥取(トトリ)、トが付く地名の例。
「邇藝速日命、娶登美毘古*之妹・登美夜毘賣生子、宇摩志麻遲命。此者物部連、穗積臣、婇臣祖也」
內色許男命・賣命=「内側が渦巻く地形の下」の男命・賣命
<婇臣・三重村> |
<物部連・宇陀水取> |
山の内)
穂積=穗(山稜の先端)|積(集め重ねる) →「山稜の先端が集め重ねられた」ところ
物部の「物」=「牛+勿」 「牛」=「角のような山稜」、
[勿]の字の地形→「角のような山がある[勿]の字の地形」「連」=「山稜の端が延びたところ」連なっている様
宇陀水取→弟宇迦斯が祖となった地
「水(水源)|取(耳:縁の手の地形)」
采女=婇(切り取られた山稜)の地形
三重(山稜が三重に重なった地)の隣
*登美毘古=登美能那賀須泥毘古
・宇摩志麻遲命
宇(山麓)|摩(近い)|志(蛇行した川)|麻(擦り潰された)|遲(角のように突き出た)
…「高い山の麓近くで蛇行する川沿いに擦り潰された平らな角のようなところ」の命 (現地名は田川郡赤村赤)
<宇摩志麻遅命(祖)> |
・登美能那賀須泥毘古
…「高台で山稜が二つに分かれたなだらかな押し拡げられたような谷間と州がくっ付いたところで田を並べ定める人」
上記「師木登美豊朝倉」が示す地を含む。
(現地名は田川郡赤村内田)
「賀」=「加(押し広げる)+貝(谷間の田)」 「美」=「羊+大」で羊の甲骨文字より地形象形した表記である。「登美」=「高台で山稜が分かれた谷間が広がっている様」