2017年9月1日金曜日

青雲の白肩津 〔092〕

青雲の白肩津


どうしても納得がいく解釈が見つからず、今日まで引き延ばしていた「青雲」その紐解きが出来たのでご報告…なんて勿体ぶってるわけではないが、少々悩まされた文字である。かつては東へ行って国を作るという青雲の志を持って白く輝く潟津に臨む」無理矢理押込んだのであるが・・・。

神伊波礼比古の東行の段、いよいよ決戦の火蓋が切られる時のことである。安萬侶くん、邇邇芸命の降臨の時ほど乗ってるわけではないようだが…

古事記原文…

故、從其國上行之時、經浪速之渡而、泊青雲之白肩津。此時、登美能那賀須泥毘古興軍待向以戰、爾取所入御船之楯而下立、故號其地謂楯津、於今者云日下之蓼津也。

「日下」の解釈も懐かしい。相変わらずの盛り沢山の文字列である。それを好いことになんと無解釈の古事記読解が多いこと。辞書的には「枕詞」(白肩津など)とするようであるが、例によって困った時の枕詞であろう。これはきっと意味があると意気込んでもなかなか正体を見せてくれなかった。

「青」を検索語にして彷徨っていると、夕暮れ時トワイライトの「青い空」に関連すると気付いた。


青い空に薄く棚引く雲

を表現してるのである。この現象は北欧のような白夜があるところで顕著に現れるが、日本では極めて短時間、しかし見た経験のある方も多いであろう。

浪速之渡」を渡って辿り着いたら、既に夕暮れ時の薄暗い時間になっていたことを告げている。だから白肩津に停泊したのである。夕暮れ時の薄暗い時は


逢魔時

とも言われる。確かに何か禍々しいものが現れて来るような気配を醸し出している。そんな時、真昼間でもなく、真っ暗な夜中でもなく「青雲」の時なのである。

勿論、那賀須泥毘古の待伏せを暗示する記述となっている。う~ん、なんとも心憎い演出ではなかろうか…安萬侶くんの戯れ、きっとそれに近い…万葉集を読んでるのではない、古事記である。戦闘場面が続く記述に異質な…白肩津との色彩対比を含めて、許そう・・・。

薄暗い中での戦闘、地の利がある那賀須泥毘古の優勢下、五瀬命は手負いとなる。一方逃げる方には都合が良かったのであろう。正に危機一髪の状況であったことが読取れる。説話中の事件の「時」を示さない古事記であるが、稀有な例であろう。場所は北九州市小倉南区長野・横代東町辺り(下図参照。2018.03.25)。


Googleの画像検索で多くの


ブルーモーメント

を見ることができる。雲は薄くて少ないことが奇麗な青空を見ることができる要件のようである。著作権等、画像引用は差し控えた。

…と、まぁ、雲が晴れて、肩の荷がおりた・・・。


…全体を通しては「古事記新釈」を参照願う。