2018年2月16日金曜日

伊邪那岐・伊邪那美の神生み:八神 〔168〕

伊邪那岐・伊邪那美の神生み:八神


二神の神生みの記述の最後となる。古事記の登場人物が活き活きと活躍する舞台を作ったのである。さて、どんな神を生むのであろうか、順次紐解いてみよう。

古事記原文[武田祐吉訳]…、

次生神名、鳥之石楠船神、亦名謂天鳥船。次生大宜都比賣神。此神名以音。次生火之夜藝速男神夜藝二字以音、亦名謂火之炫毘古神、亦名謂火之迦具土神。迦具二字以音。因生此子、美蕃登此三字以音見炙而病臥在。多具理邇此四字以音生神名、金山毘古神訓金云迦那、下效此、次金山毘賣神。次於屎成神名、波邇夜須毘古神此神名以音、次波邇夜須毘賣神。此神名亦以音。次於尿成神名、彌都波能賣神、次和久巢日神、此神之子、謂豐宇氣毘賣神。自宇以下四字以音。故、伊邪那美神者、因生火神、遂神避坐也。自天鳥船至豐宇氣毘賣神、幷八神。
[次にお生みになつた神の名はトリノイハクスブネの神、この神はまたの名を天の鳥船といいます。次にオホゲツ姫の神をお生みになり、次にホノヤギハヤヲの神、またの名をホノカガ彦の神、またの名をホノカグツチの神といいます。この子をお生みになつたためにイザナミの命は御陰が燒かれて御病氣になりました。その嘔吐でできた神の名はカナヤマ彦の神とカナヤマ姫の神、屎でできた神の名はハニヤス彦の神とハニヤス姫の神、小便でできた神の名はミツハノメの神とワクムスビの神です。この神の子はトヨウケ姫の神といいます。かような次第でイザナミの命は火の神をお生みになつたために遂にお隱れになりました。天の鳥船からトヨウケ姫の神まで合わせて八神です]

鳥之石楠船神、亦名謂天鳥船

「鳥のようにはやく、石のように堅固な楠(くすのき)の船を意味する」とコトバンクに記載される。異論を挟む余地はなさそうである。誤解なきように、あくまで神である。後に建御雷神に随行して出雲の国譲りの段に登場する。まるで連合艦隊の司令官というキャスティングのようである。


大宜都比賣神

食物に関して古事記が記述するものは「稲」が多く、「田」に絡む地形、水(治水)など多様である。狩猟、漁獲に関連する神はこの神が唯一ではなかろうか。どうやら狩猟生活から農耕生活に移ってそれほど時が経っていないことを示しているのではなかろうか。

自然にあるがままのものを食する時代から自然に手を加え、太陽の力を借りて育てて食物を得る、その感動が失せていない時のように感じられる。農耕から全てが得られるわけではなくそれまでの方法で得られるものを大切にしながら豊かな生活に移れたことへの感謝を伝えているようである。「大宜都比賣神」は…、


大|宜(肉・魚)|都(集める)|比賣神(女神)

…大いなる「肉・魚を集める」女神と解釈される。「比賣」=「比(並べる)|賣(内から取り出す)」の解釈も妥当であろう(「賣」の解釈は下記参照)。両意に記されているようである。後にこの大宜都比賣神から穀物の種を取り出す説話が記述される。植物、動物を含め自然界の循環を認識している内容である。古事記の自然観の記述は実に貴重な資料として評価できるものであろう。


火之夜藝速男神(火之炫毘古神・火之迦具土神)

「火」に関連する神であることには違いない。最初の名前の「夜藝」=「焼け(る)」(火がついて燃える)とすると「火之夜藝速男神」は…「火之」=「火がついて」として…、


夜藝(燃える)|速(束ねる)|男(田を作る)|神

…「燃え上がる炎を束ねる」であり「炎を御して田を作る神」と解釈される。「速」=「辶+束」の解釈である。焼畑を作る神であり、次の名前「火之炫毘古神」は文字通りで…、


炫(目に眩い)|毘古(田を並べて定める)|神

…のようである。この文字列からは古来から行われている「焼畑農法」の状況を連想させる。休閑期間を設けて繰り返し収穫を得る方法である。間違いなく当時の重要な農法の一つであっただろう。最後の名前「火之迦具土神」は…、


迦(重ね合わせる)|具(器)|土(土の紐)|神

…「火で土の紐を重ね合わせて器を作る」神と紐解ける。粘土から器にするには粘土紐を重ねて形作ったものを焼結させるのが一般的であろう。その隙間を焼いて重ね合せると表現したものと思われる。結果として「土を器にする」即ち「土器を作る神」と解釈される。

遺物に残る中で最も多い土器の神の登場である。火がなければ作れない古代の人々の生業を示すものであろう。生まれた神は極めて現実的である。

後に燧臼と燧杵で火を起こすという記述があるが、「火」に関する記述は決して詳しくはない。ともかくもこの「火の男」はとんでもないことを為出かすのである。伊邪那美が焼け死んでしまったのである。だが、ただでは死なない。



余談だが、現在の火の神様は「迦具土神」と表現される場合が多いようである。秋葉神社などが有名(全国400社以上)だが、やはり神様の表記はこの神となっている。だが上記のごとく「土器作りの神様」であり、「火之夜藝速男神」の名称が適切であろう。山が燃えてしまうか?…古事記はちゃんと本来の素性を明かしてくれている。「夜藝速」=「焼けが速い」としては何だか適切ではないから?…別名であって同じ神様だから問題なし?・・・。いずれにしても「消火」の神様不在のようである。

もう少し身近な火の神様は「秋津の奥津比賣命」で「竈神」と言われた比賣であろうか。秋津の火は火ではないし、大斗は竈でもないのであるが、戯れに近いが、面白いことには違いない。




金山毘古神・金山毘賣神

火から金が出る、銅鉄のできあがる様そのものであろう。銅鉄のことを語らない古事記であるが、それらを使いこなしていたことは記述しているのである。高熱で溶けた銅鉄と吐瀉物、類似していると見えなくもないようである。「毘古」「毘賣」については下記を参照願う。


波邇夜須毘古神・波邇夜須毘賣神

何と「屎(クソ)」から神が生まれると記述される。これは一体何を示そうとしているのか?…この二神の名前の意味は?…先ずはそれから紐解いてみよう。「波邇夜須毘古」は…、


波(端)|邇(近い)|夜(谷)|須(州)|毘(田を並べる)|古(しっかりと定める)

…「山稜の端にある谷の出口の州に田を並べてしっかりと定める」神となる。「波邇夜須」「波邇安」は後の孝元天皇紀、崇神天皇紀にも登場する名前である。全て上記の解釈で紐解けるのであるが、何が言いたいのか?…尻と両足が作る谷間の象形と作物が豊かに実る肥えた土地を意味していると思われる。

「夜須=安」は古事記の中で多用される。谷の出口に形成された州は人々が住まい、豊かな収穫が得られるところとして極めて重要な地域であったと推測される。「毘賣」は何と読めば良いのであろうか?…、


毘賣=毘(田を並べて)|賣(生み出す)

…「賣」=「売(ウル)=「内にある貝(財)が出す(る)」のが原義とある。「比賣」に使用されるのも女性の体内から子が出る(を出す)意味を示すからであろう。即ち「整地された田の土から作物が出てくる(させる)」神と解釈される。

上記に登場した「毘古」と「毘賣」は…


土地を整え地中から(出て来る)ものを収穫すること

…を表現したと紐解ける。そしてそれそれが男性、女性を示す言葉に転化したと推測される。転化した後では、そう言われて来たのだから、という理由で元来の意味は蔑ろにされてしまう。意志の伝達を簡略にするには都合が良いからであろう。だが、しっかりと本来の意味に遡って考えることも重要である。同じことが「枕詞」にも言えるであろう。

彌都波能賣神

今度は「尿」からできる神の話である。先ずは神の名前「彌都波能賣」は…、


彌(隅々まで)|都(人が集まるところ)|波(端)|能(の)|賣(生み出す)

…「人が住まう地の果てまで隈なく収穫を得る」神と解釈できるようである。「毘」が付かないのは特に手を掛けることなく得られるものも含めているのであろう。「尿」は「屎」よりも遠くに届くから「彌」が付けたと思われる。いずれにしても作物の成長を促し収穫を得ることを意味していると推測される。この神によって大地の隅々にまで収穫の得られるところをカバーしたということであろうか。


和久產巢日神

文字通りに読み解いてみよう「和久產巢日」は…、


和(穏やかに)|久(長く)|產(造り出す)|巢(住処)

…「穏やかに長い間住処を造り出す」日神(日々の神)と紐解ける。やっと人の住まうところの神の登場である。何とも周到な神々の配置であろうか、感心である。通説の支離滅裂(失礼!)な解釈では至らない結果となった。ここで表現された地形を基に古事記の舞台が作られているのである。それを要として読み進んで行こう。

さて、最後に和久產巢日神から後に登場する「豐宇氣毘賣神」が誕生すると記載される。登場したところで彼女の居場所など紐解いてみることにする。


少し余談になるが…「迦」の文字は古事記中に125回出現する。その最初が「迦具土」である。因みに「波」は238回、「邇」は188回、「須」は194回である。これらの文字の意味が読み取れなければ古事記の解釈は不可能である。ひょっとすると万葉集も…である。

この神生みの段に含まれる文字、どうやら、これからこんな風に使いますよ…と述べているように感じられるが・・・。