2018年4月7日土曜日

女嶋と知訶嶋 〔195〕

女嶋と知訶嶋


言わずもながの伊邪那岐・伊邪那美が生んだ「六嶋」に含まれる島なのであるが、現在の島名に依って比定したような記憶である。勿論グルグル回って生んだ島々の経路にしっかり位置する島であり、寸分の疑いも持合せていないのであるが、やはり安萬侶コードとの関わりを詰めて置かないと落ち着かないようで・・・。

そんな訳で少々ブログの流れから外れてしまうのであるが、少し紐解きを行ってみようかと思う。あらためて古事記原文を載せると…、

然後、還坐之時、生吉備兒嶋、亦名謂建日方別。次生小豆嶋、亦名謂大野手上比賣。次生大嶋、亦名謂大多麻流別。自多至流以音。次生女嶋、亦名謂天一根。訓天如天。次生知訶嶋、亦名謂天之忍男。次生兩兒嶋、亦名謂天兩屋。自吉備兒嶋至天兩屋嶋、幷六嶋。

大八嶋を生んだ後、吉備兒島から始まる国生みについては下図に示したように比定することができた。吉備兒島、小豆嶋、兩兒嶋はその謂れも含めて島の地形に合致したものと思われた。むしろ残りの大嶋、女嶋、知訶嶋は現存する島の名前に一致して一歩踏み込んだ解釈を怠ったのが実情である。

これらの島々は通説に従うと実に様々なところに比定されている。大嶋(周防大島)、女嶋(姫島)、知訶嶋(五島列島の)であるが、全て現存する地名を根拠とするところであろう。他に手立てがなく、というかそれを探すこともなく現存地名に根拠を求めて来たわけである。物的証拠が無い限り答えは無い…古代史の通説である。

・・・と言いながら、現存地名の類似性に根拠を求めてしまうのも、常に陥る「墓穴」と言ってよいであろう。そんなことを考えながら、今一度他の手立てを求めてみようかと思う。下図に六嶋の配置を再掲する。




女嶋


先ず「女嶋」から紐解いてみよう。「女嶋、亦名謂天一根。訓天如天」と記される。注記があって、天(テン)であって天(アマ)とは読まないとされている。同様の記述が出て来た例がある。大年神が娶った秋津の天知迦流美豆比賣に含まれる「天」である。詳細はこちらを参照願うが、「秋」=「禾+火」として「天=火の文字の頭の部分」を示すと解釈した。

では、女嶋の「頭」とは?…図から分かるように人体に模した表現と思われる。左側の二つに分岐したところが脚、右側が頭部に見立てたのである。

「根」は度々登場する文字なのであるが、概ね「根本、中心」などの解釈が適する。「一」が付いていることからそのままでは意味が通じない。「根」=「木+艮」と分解し、「木」=「山稜」の安萬侶コードを適用すると…、


木(山稜)+艮(強調された目)

…「山稜が目の形」と紐解ける。「目」は魚の目などで使われる突起したところの意味である。


天一根=頭部が一つの目の形

…と解釈できる。脚の部分は何を?…これが「女嶋」の名前の由来となるが、次の「知訶嶋=天之忍男」について、また、上記の比賣に含まれる「知」も併せて後述する。


知訶嶋
 

<知訶嶋・女嶋>
「知訶嶋、亦名謂天之忍男」と記述される。先ずは「天之忍男」から紐解いてみよう。今度は「天(アマ)」である。「忍男=目立たぬ男」…「風彩の上がらない男」ではなかろう。きっと含みがある筈…なんてことは考えるまでもなく図を参照願う。

正に男なのである。着目すると「忍」ではなく、むしろ「美」なのであるが、実際「男」ではないので、適切な表現かと・・・。

女嶋の由来、上図を参照されると一目であろう。忍女かな?・・・実に見事な命名である。ちょっと出来すぎなようにも思われる程この二つの島は並んでいる。だから地名(男島・女島、この二島を併せて白島と呼ばれる)が現存したのであろう。

「知訶嶋」は何と解釈できるであろうか?…上記の天知迦流美豆比賣と同様に紐解くと…「知=矢+口」=「鏃」、「訶*」=「言(耕地)+可(谷の奥)」として…、


知訶嶋=知(鏃)|訶(谷の奥の耕地)|嶋(島)

…「谷の奥に耕地のある鏃の形の島」と紐解ける。これも説明が不要なくらいに象形している。加えて「男」の部分が「矢羽」を示しているようで何とも美しい図柄である。現在は無人島であり、「耕地」の形跡は見当たらないが、地形から推定した場所を示した(俯瞰図参照)。豊かな漁場があることからも人々が住まっていたのではなかろうか。少々山稜が「神」になっているが・・・。


・・・という事で現存地名に頼るだけの「墓穴」を掘ってはいなかったと判った。

地名、地形に加えて国生みの順序という状況証拠も併せ持った比定となった。確度の高いものと思われる。

「昔から白島周辺は好漁場として知られており、脇田は漁業で栄えた地域でした」とのこと、脇田は九州本土側の漁港(伊豫之二名嶋)で海岸付近の開発が進行しているとのこと。同じ北九州市若松区に属する。

男島に国の石油備蓄基地が設置され、現在は立入禁止の島とのことであるが、島の形状破壊だけは何とか留めて頂きたく…祈っております。


大多麻流別(大嶋)

ところで「大嶋」の謂れを紐解いていなかったと気付いた。「大嶋、亦名謂大多麻流別」とわざわざ記述してくれているのに失礼なことを・・・。安萬侶コードの出番であるが、「麻」=「麼(細かい)」を用いてみると…、


大(大いに)|多(田)|麻(細かく)|流(広がる)|別(地)

…「大いに田が細かく広がる地」と解釈される。小さな田が島一面に広がっている様を表現していると思われる。例によって地図を参照願う。



最高標高が御嶽(約220m)であり、実に起伏に富む島であることが判る。そして細い谷間が島一面にあり、それを利用して「茨田」が作られている。谷間の幅に依存して田は小さくなっていることも容易に伺うことができる。勿論現在の地形からの推定になるが、基本の地形に大きな変化はないであろう。

余談だが・・・通説の周防大島は最高標高が嘉納山(約690m)の山塊からなる島である。細かな田が一面に広がることは断じてあり得ないと思われる。
 
大野手比賣(小豆嶋)

<小豆嶋>

以前のブログを見返すと「小豆嶋、亦名謂大野手比賣」も「小豆」=「小さな凹凸のある」と紐解いて終わりにしていた。

ついでと言っては何だがこれも併せて…、
 
大(平らな頂の山稜)|野(野原)|手(突出た)

…「手」は「火の手」のように使われる。図のように陸地が四方に突出した様を表現していると思われる。


通説は勿論香川県小豆島であるが、最高標高の星ヶ城山(約820m)の山塊からなる島である。古事記の舞台が何処であるのか、極めて重要な場所の比定、このまま放置されるとすると、真に悲しい歴史となろう。

さてさて、残りの島については国生み吉備兒島などを参照されたい。

・・・漸く落ち着きを取り戻したので、先に進もう・・・。

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*
<可>


「訶」=「言(耕地を作る)+可」に分解し、「可」の甲骨文字を使って地形を象形して「可」=「谷の奥」と解読する。すると「訶」は…、


谷の奥にある耕地

…と紐解ける。(2018.07.01)
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