吉備国と針間
仁徳天皇の黒日売騒ぎで思わず吉備国まで赴いたが、なかなか良いところであった。鬼ヶ城まで登りたかったが暇が取り柄の老いぼれには少々キツイ、と思いながらその地を後にしたが…その後に針間国に幼子を追っかけてしまった。些か疲れてGoogle Mapなどを見ていると、吉備と播磨、お隣では? 通説はそうなってる、トンデモナイところを指し示してしまったかも? そんなわけで「針間」を検索してみた。
古事記原文に9件ヒットする。内1件は前回に追跡したもので残り8件である。7件が国名、人名表示で前後の繋がりなく解釈不可、ということで最後の1件を試みた。
該当部の古事記原文(武田祐吉訳)…
故、大倭根子日子國玖琉命者、治天下也。大吉備津日子命與若建吉備津日子命、二柱相副而、於針間氷河之前、居忌瓮而、針間爲道口、以言向和吉備國也。故、此大吉備津日子命者、吉備上道臣之祖也。次若日子建吉備津日子命者、吉備下道臣、笠臣祖。[そこでオホヤマトネコ彦クニクルの命は天下をお治めなさいました。オホキビツ彦の命とワカタケキビツ彦の命とは、お二方で播磨の氷の河の埼に忌瓮を据えて神を祭り、播磨からはいつて吉備の國を平定されました。このオホキビツ彦の命は、吉備の上の道の臣の祖先です。次にワカヒコタケキビツ彦の命は、吉備の下の道の臣・笠の臣の祖先です]
大倭根子日子國玖琉命(第八代孝元天皇)の世に「吉備国」を「平定」した、という逸話である。「平定」=「敵や賊を討ち平らげること」と「言向和」=「言を向けて和する」=「言葉をかけて争わず協力し合う」とは大きな差異がある。通常の訳文などは「平定」であり「言向和」を使わない。「記紀の通訳」は怪しいのである。
と、まぁ、本題に戻って…「大吉備津日子命」と「若建吉備津日子命」の異母兄弟(彼らの母親は吉備国出)が実行する。第十六代の仁徳天皇より八代前の時代に吉備国、すなわち「鉄」の入手に取り掛かかり、仁徳さんはその事業を拡張進展させたということであろう。
「針間」が登場する。「針間国」ではない。どうやら「吉備国」に向かう道に「針間」口というところを設けたとのことである。「針間」=「針のように細い隙間」である。前回の「椎田」の比定に用いた形象表現に従う。「国」が付かないのだから、「針間口」=「針のように細い隙間の入口」と解釈できる。
地図を参照願う…
記述がないので仁徳さんと同様に吉備国に向かったとして、初めは省略して「佐氣都志摩(現在の六連島)」から下関市安岡本町にある港まで船で行き、そこから陸上を北に向かう。ここは河川が運んできた土でできたところではなく台地形状、決して平坦な道ではなかったようであるが、それだけにいくつもの河川を渡渉することもなく進める。
「氷河」=「ひょうが」ではない。古事記の中でこれ一か所の記述であり、なんとも、であるが「氷河」=「氷のように冷たい川の水」程度に解釈すると、山から流れる水の体感温度が低いのではなかろうか。入口手前にある川、残念ながら河川名は不明(川の少ないところ、「之江」とはエライ違い)。
「ふく予報官」の説明によると対馬暖流が流れるこの地方は、夏場は高温多湿型気候であるが、冬場は北西から大陸の寒気が直接降りて来るところであり、山岳の気温は低く雪が積もりやすいとのこと。いずれにしても標高差による温度差はかなり大きいものであろう。<追記>
忌瓮(神に供えるための忌み清めた容器)を用いて神に祈る、これは常套手段である。交渉事には縁起が付き物、しっかり祈ることが必勝の秘訣である、ちょっと古いかな? 古い話ですから…。
針間爲道口
そうして上記の図のごとく「針間口」に到達、くぐり抜けて「吉備国」の中心部に到達する。通説は「針間」=「播磨国(兵庫県西部)」、「吉備国」=「吉備国(岡山県東部)」として問題なく比定されているようであるが、「針間爲道口」は全く説明できなく、不自然である。「針間道」ぐらいならわかるが…。武田氏訳は無視。
「吉見」の地名には「吉見上」と「吉見下」がある。二人の命がそれぞれ担当したのこと。何故、そんな細かいことを? いえいえ、「吉見上」=「採鉱・製鉄」、「吉見下」=「鍛冶」であろう。分業が進んでいたのである。「銅」に関する記述はもっと古いため無いのであろうが、この技術力格差が国力に直結する時代であったろう。
「鉄」の輸送にしても、六連島からの直行よりこの安岡本町経由が合理的なように感じる。船による大量輸送はリスクを伴う、特に響灘のようなところでは。この区間の海上輸送は直行ルートの約70%である。「針間口」まで直線距離約4km、凹凸はあるが渡渉のない陸上輸送は安全であろう。この説話の裏、極めて興味深いが(日本書紀には記述無し)…。
暇が取り柄の老いぼれの「針間国」は「飛鳥」の東南、「吉備国」は北、並ぶことはない状況であるが、それを否定するようなできごとではなかった。むしろ「吉備国」の比定の精度があがったようである。読んでみるものである。
と、まぁ、こんな調子で・・・。
「氷」=「二つに割れる、分かれる」の意味がある。上記図から山から流れ出た川が一度分岐して、再度下流で合流している様子が伺える。氷羽州比賣の解釈と同様であろう。
<追記>
2017.09.12「氷」=「二つに割れる、分かれる」の意味がある。上記図から山から流れ出た川が一度分岐して、再度下流で合流している様子が伺える。氷羽州比賣の解釈と同様であろう。