近つ飛鳥 と 遠つ飛鳥
二つの飛鳥があると言われている。下記のHPからその謂れを抜粋。
①明日香村
「飛鳥」=「アスカ」と読む。外来説、鳥説、地形説、聖地説…古代朝鮮語、インド語、ア(接頭語)+スカ(州処)等々「邪馬台国論争」に匹敵? 千数百年来かと思うと、寂しくさえある。
「古事記」に記載があり、「近つ飛鳥」の地は大阪府羽曳野市飛鳥。一方、「遠つ飛鳥」は奈良県高市郡明日香村飛鳥であると書かれている。
その「古事記」を見ると、神武天皇の創世記から少し時間が経って国が繁栄をしてる仁徳天皇の時代にこれら二つの飛鳥が名付けられたとのこと。
原文(句読点付)は…子、伊邪本和氣命、坐伊波禮之若櫻宮、治天下也、此天皇、娶葛城之曾都毘古之子・葦田宿禰之女・名黑比賣命、生御子、市邊之忍齒王、次御馬王、次妹青海郎女・亦名飯豐郎女。三柱。本坐難波宮之時、坐大嘗而爲豐明之時、於大御酒宇良宜而大御寢也。爾其弟墨江中王、欲取天皇、以火著大殿。於是、倭漢直之祖・阿知直、盜出而乘御馬令幸於倭。故到于多遲比野而寤、詔「此間者何處。」爾阿知直白「墨江中王、火著大殿。故率逃於倭。」…(中略)…於是、其伊呂弟水齒別命、參赴令謁。爾天皇令詔「吾疑汝命若與墨江中王同心乎、故不相言。」答白「僕者無穢邪心、亦不同墨江中王。」亦令詔「然者今還下而、殺墨江中王而上來、彼時吾必相言。」故卽還下難波、欺所近習墨江中王之隼人・名曾婆訶理云「若汝從吾言者、吾爲天皇、汝作大臣、治天下那何。」曾婆訶理答白「隨命。」爾多祿給其隼人曰「然者殺汝王也。」於是曾婆訶理、竊伺己王入厠、以矛刺而殺也。故率曾婆訶理、上幸於倭之時、到大坂山口、以爲「曾婆訶理、爲吾雖有大功、既殺己君是不義。然、不賽其功、可謂無信。既行其信、還惶其情。故、雖報其功、滅其正身。」是以、詔曾婆訶理「今日留此間而、先給大臣位、明日上幸。」留其山口、卽造假宮、忽爲豐樂、乃於其隼人賜大臣位、百官令拜、隼人歡喜、以爲遂志。爾詔其隼人「今日、與大臣飮同盞酒。」共飮之時、隱面大鋺、盛其進酒。於是王子先飮、隼人後飮。故其隼人飮時、大鋺覆面、爾取出置席下之劒、斬其隼人之頸、乃明日上幸。故、號其地謂近飛鳥也。上到于倭詔之「今日留此間、爲祓禊而、明日參出、將拜神宮。」故、號其地謂遠飛鳥也。故、參出石上神宮、令奏天皇「政既平訖參上侍之。」爾召入而相語也。天皇於是、以阿知直、始任藏官、亦給粮地。
要するに、敵の幹部(曾婆訶理:ソバカリ)を抱き込んでその主君を暗殺させ、その後抹殺する時の状況を書き記したもの。褒めて殺すという些か冷酷な世界を醸し出して、ギャング映画並みである。悠久のまほろばの地の由来には程遠い状況である。
にも拘わらず、伊邪本和氣命(後の履中天皇)に味方した伊呂弟水齒別命(後の反正天皇)はこの出来事から近・遠の飛鳥という地名を名付けたという。
飛鳥とは?
我々はこの文字を見ると、「アスカ」と読んでしまうほど慣れ親しんだ、だが、なんで「アスカ」なの?なんて気にもしない。そのまま読めば「飛ぶ鳥=トブトリ」である。「鶏」ではない。
これは、何を示すのか? 「飛ぶ鳥」=「隼:ハヤブサ」と置換えてみる。
「飛鳥」=「隼」=「隼人」=「曾婆加理」
となる。これでギャング映画の出来事と地名の繋がりが見えてくる。
近 と 遠
「飛鳥」=「曾婆訶理(ソバカリ)」だから「近飛鳥」=「近曾婆訶理」、「遠飛鳥」=「遠曾婆訶理」となる。
「近・飛鳥」=「近・曾婆訶理」=「曾婆訶理を近付ける」
「遠・飛鳥」=「遠・曾婆訶理」=「曾婆訶理を遠ざける」
「滅正身」は「祓禊:祓って禊ぐ」で完了する。
こう見ると、出来事そのものを名付けており、生々しさしか残らない。先人達の知恵の出しどころ、その読みを変えてしまった。
『飛鳥』は何と読む?
再度、関連する原文は…爾詔其隼人「今日、與大臣飮同盞酒。」共飮之時、隱面大鋺、盛其進酒。於是王子先飮、隼人後飮。故其隼人飮時、大鋺覆面、爾取出置席下之劒、斬其隼人之頸、乃明日上幸。故、號其地謂近飛鳥也。上到于倭詔之「今日留此間、爲祓禊而、明日參出、將拜神宮。」故、號其地謂遠飛鳥也。
どうやら王子が「明日、明日」と地名を付ける前に宣っておられることに目を付けたようである。
「明日の場所」=「明日処」=「アスカ」
「処」は場所を示す接尾辞(ex.すみか)
「近・飛鳥」⇒「アスカ(で)ソバカリ(を)チカ(付ける)」⇒ソバカリを省略
⇒「アスカ(で)チカ(付ける)」⇒「チカ(つ)・アスカ」
「遠・飛鳥」⇒「アスカ(で)ソバカリ(を)トオ(ざける)」⇒ソバカリを省略
⇒「アスカ(で)トオ(ざける)」⇒「トオ(つ)・アスカ」
先人達の素晴らしい知恵で、その生々しくておどろおどろしい内容を・・・
「飛鳥」=「明日処(アスカ)」
(明るい日の場所)
(明るい日の場所)
・・・に変えた。
原文には、「飛鳥」の地名(固有)も見え隠れするが、それについては後日に。
原文には、「飛鳥」の地名(固有)も見え隠れするが、それについては後日に。
少なくとも大和(近畿)ではないように思われるのだが.・・・。
「古事記新釈」の履中・反正天皇の項を参照願う。
2018.06.07
関連するこちらも参照願う(飛鳥と鳥髪〔216〕)。
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隼人曾婆訶理
「隼人曾婆訶理」については、当然ながら出自は全く語られない。その名前からのみ推測するわけである。「隼人」については、火照命(海佐知毘古)が隼人阿多君の祖となった一文に依存する。それを念頭にして「曾婆訶理」を紐解くと…「曾」、「婆」、「理」は既読であり…、
…「積み重なった山稜の端に区切られた谷間の耕地があるところ」と読み解ける。詳細はこちらを参照願う。(2019.09.01)
――――✯――――✯――――✯――――<追記>
2017.11.30「古事記新釈」の履中・反正天皇の項を参照願う。
2018.06.07
関連するこちらも参照願う(飛鳥と鳥髪〔216〕)。
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隼人曾婆訶理
「隼人曾婆訶理」については、当然ながら出自は全く語られない。その名前からのみ推測するわけである。「隼人」については、火照命(海佐知毘古)が隼人阿多君の祖となった一文に依存する。それを念頭にして「曾婆訶理」を紐解くと…「曾」、「婆」、「理」は既読であり…、
曾(積み重ねる)|婆(山稜の端)|訶(谷間の耕地)|理(区切る)
<隼人曾婆訶理> |