2018年12月10日月曜日

天之眞名井と畝火山之眞名子谷上 〔292〕

天之眞名井と畝火山之眞名子谷上



<本稿は加筆・訂正あり。こちら及びこちらを参照願う>
前記の櫛名田比賣及び足名椎・手名椎の解釈で「名」=「三角州」であることを確信した。多用される「月(夕)」は全て「三角州」として表記されていると思われる。すると些かスッキリとは解釈されていなかった「眞名」は何と読み取れるか、再度その解釈を試みた。

天之眞名井

「真名」は幾度か目にした文字である。また現在も引き継がれて使われる言葉でもある。諸説があるが、概ね山深いところにある神社に関連するようである。「名=命」として「真名」=「真命」=「真に一番大切なもの」となり、「神」に通じる。ならば「香山」現在の「神岳」から流れ出る浄水の「井=水汲み場」と解釈される。


<天之眞名井>
古事記には無数の神が登場する。だから神様のことを記した書物・・・ではないのである。

正体不明で住所不定の神様は、ホンの一握り、造化三神+αなのである。

そうは言うものの、やはり不明・・・読み手がそうして来ただけである。

上記の文字解釈に拘る限り、その正体は確定的ではなく、また居場所も特定することは不可である。

「眞」=「正に、眞に」、「名」=「月+口」として、「月」=「三日月の形、三角形の州」、「口」=「大地」すると…、
 
眞(正に)|名(三日月の形の州)|井(泉)

…「正に三日月の形をした州の傍らにある泉」と紐解ける。「神岳」の東南麓を流れる小川を詳細に調べると、谷川が合流するところに小さな池が見出せる。これを「天之眞名井」と呼んだのだろう。

壱岐島四国八十八カ所霊場を開くのに努めた方々がいたとのこと。その一番札所が「神岳」にあった本宮寺(現在は麓に移転)だとか。日本の神社仏閣、ともあれ由緒正しく、いつまでも残して置きたいものである。

この小川は「香山之畝尾木本」の傍を流れて天安河に合流する。その地点が二神の対峙した「宇気比」の場所と思われる。「神岳」の麓であり谷間の開けた場所でもあり、神聖な水が流れるところである。この場所が後に登場する「天安之河原」と思われる。


畝火山之眞名子谷上

<畝火山之眞名子谷上陵>
大倭日子鉏友命(第四代懿徳天皇)は、先々代、先代と変わらない短命さで亡くなる。御陵は「畝火山之眞名子谷上」とある。

「眞名]に「子」が付く。通常の使い方では三角州が長く延びた地形を表しているのであろう。

図に示した通り、曲がりくねる二つの川に挟まれた、長く延びた三角州がある地形を表していると思われる。

現在の同県田川郡香春町五徳、その谷のことを「眞名子谷」と呼んでいたのであろう。その谷上に御陵があったことを伝えていると思われる。

現在も諏訪大社の主祭神である建御名方神の「名」も紛う事無く、肥河が作る三角州の地に坐していた神であろう。この豊饒な地を示す場所だから「名」を持つ名称が登場したのである。

余談だが、現在の地名、山名などに「真名子」が散見される。勿論その由来は定かではないが、概ね谷間の三角州の地に付けられているようである。古事記の民族学的価値を示すのかもしれない。