2018年11月2日金曜日

神世五世代:雙十神 〔276〕

神世五世代:雙十神


いよいよ古事記の舞台が登場するのであるが、即ち当時の人々が住まう場所として最も重要な場所の詳細な地形である。山麓の谷間、州の地であり、山稜の端の地である。そして注目されるのが「柄杓の地形」三方を山に囲まれた地は山からの恵みが集まるところ、また山を背後にして安全な場所でもあっただろう。この基本的な地形が古事記の舞台なのである。

そして最後に「伊邪那岐・伊邪那美」の二神が登場する。彼ら二人に導かれて物語は具体的に進行し、舞台の幕が開ける、という記述である。既報で述べてはいるが、あらためて纏め直してみた。

宇比地邇神・妹須比智邇神

「此二神名以音」と註記されるなら一文字一文字解いてみる。「比」=「並ぶ、くっつく」、「地」=「うねって連なる土地」、「邇」=「近い、近接する」を用いいて…「宇比地邇神」は…、
 
宇(山麓)|比(並ぶ)|地(うねって連なる土地)|邇(近い)|神

…「山麓に沿って並ぶ、うねって連なる土地が近いところの神」となる。古事記に登場する最も基本的な地形である。「地」=「土+也」から成り「也」=「蛇の象形」(うねって連なる様)と解説される。また、「地」=「田畑」の意味を示す。人が手を加え収穫を得るための土地を簡略に表現したものであろう。多様な意味を示す文字であるが、その原義に遡って使用されていると思われる。

「須比智邇神」は「須」=「州、洲」(川中にできる三角州)、「智」=「知+日」と分解される。更に「知」=「矢+口」(鏃)、「日(炎)」とすると…、
 
須(州)|比(並ぶ)|智([鏃]と[炎]の地形)|邇(近い)|神

…「州(川中島)に沿って並ぶ[鏃]と[炎]の地形が近いところの神」と紐解ける。「鏃」=「三角州の先端」であり、「炎」==「川の流れに沿って生じる細く長い筋のような地形」を表していると思われる。

州が作る広々とした平地、これも早期から活用された耕地であったし、海の幸にも恵まれた土地である。兄と妹(夫と妻)で山と川の近隣に開拓された田(畑)地に関わる神と伝えているのである。「地」=「智」=「田畑」と解釈することも可能であろうが、古事記の文字使いはより詳細な地形を表現していることが解る。これは極めて重要な解釈であろう。
 
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「智」=「矢+口+日()」=「矢を添えて祈り神意を知ること」と解説される。諸説があって日は「曰(モウス)」とも解釈される。現在の用法では「曰」の方が判り易いようではあるが、古事記は「日(太陽)」=「火(炎)」として解釈してると思われる。この用法が頻出することからも重要な位置付けと思われる。勿論「智」=「知恵」も重ねられている場合もあり、一文字の中に多様な意味を含ませていると思われる。

「邇」も多用される。「邇邇藝命」「丸邇」「蘇邇」など主要な文字列に含まれる。「近い、近接する」の解釈となる。また「邇」=「土」の意味で用いられている場合もある。文脈からの判断になろう。詳細は登場した段で述べることにする。
 
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角杙神・妹活杙神


「角」「活」は何と解釈するか…「杙」と関連して…であろう。古事記は「木」を山稜の地形象形として表記する。山稜の広がり方を木の幹、枝で表すのである。詳細はこちらを参照。「杙」=「棒」即ち棒状の、尾根の分岐が少ない、山稜を示していると思われる。とすれば、上記の二神は以下のような地形を表すのではなかろうか。「角杙神・妹活杙神」は…、
 
角(二股に分かれた山稜)|杙(棒状の主稜線)|神
活(舌のように延びた山稜)|杙(棒状の主稜線)|神

…である。山稜の裾野に人々が多く住まう場所があった。これらの地形は豊かな住環境を提供して来たのである。後に登場する「角鹿」=「二股に分かれた山稜の麓」と解釈される。特徴的な地形ではあるが、山と入江がある豊かな土地を示す表記であろう。尾根の先が二股もしくは平たく広がっている地形である。

意富斗能地神・妹大斗乃辨神

<斗>
「斗」=「柄杓」と紐解いた。古事記に「斗」の文字は延べ41回出現する。地形象形の表現として極めて多用された文字なのである。三方を山に囲まれて一方が海又は川に開口する地形が大半を占める。

右の甲骨文字の上部が椀状の部分、下部が柄の部分を示すと解説される。地形象形的には山稜の一部が大きく湾曲している状態を表すものと紐解ける。

それは実にその地を特定する上において有用であり、以降も幾度となく述べるように地名、番地など現在では当然と思われるものがなかった時代に安萬侶くんが達が編み出した手法である。

「意富」「大」は神世七代での記述だけでは「大きい」として読むことになろう。示される意味としては外れてはいない。だが、これらの文字は繰り返し登場し、より具体的な地形を示していると思われる。詳細は下記することにして、読み進めることにする。

「意富斗能地神」は…、
 
意富(意富の)|斗(柄杓の地)|能(の)|地(平坦地:柄杓の底、田畑)|神

…「意富斗」の代表的な例が後に登場する「出雲国」であろう。古事記中最大の大きさを誇るところであり、また幾多のドラマが語れる場所でもある。妹「大斗乃辨神」は何と解く?…、
 
大(大の)|斗(柄杓の地)|乃(の)|辨(山腹)|神

…柄杓を形成している取り囲む山腹を花弁に模したと紐解いた。兄は柄杓の底の田畑、妹は山稜及びその谷間に絡む神として表現されいている。

古代は「斗」の地に住み着き開拓し子孫を育んだことを示している。従来の古事記解釈に「斗」を柄杓の地形象形とした例は無いようである。このこと一つで、従来の古事記解釈とは決別することになる
 
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「意富」は兄妹の対で示されることから「大」と解釈したが、そもそもの文字の意味は何と紐解けるであろうか?…これは後の登場人物の名前から解読される。決して容易なものではない。

「意」は「心に思っている事、考え、物事に込められている内容」などである。抽象的な意味からでは地形象形に如何に繋がるのであろうか?…「意」=「音+心(中心)」と分解される。更に「音」=「言+一」と解説される。つまり、「言」に「一」を加えた文字(藤堂明保氏)となる。

「言」=「辛(刃物)+口」であり、「刃物で大地を切り開いた耕地」の象形を紐解いた。それに「一」(区画する)が加わるから「音」=「刃物で大地を切り開いた田」と紐解ける。これらを纏めると…「意」は…、


その地の中心にある大地を切り開いた田

…と解読される。簡略に表現して「その地の中心にある田」とする。更に難解なのが「富」である。「富」=「宀+畐(酒樽)」と解説される。「宀」=「宇」=「山麓」と紐解ける。「酒(サカ)=境の坂(サカ)」(坂迎え、境迎え、酒迎えの故事に由来する:詳細は後に記述)と置き換えると「富」=「山麓の境の坂」と紐解ける。「意富」は…、
 
意(その地の中心にある田)|富(山麓にある境の坂)

…「その地の中心にある田と山麓にある境の坂からなるところ」と読み解ける。現在の北九州市門司区の地形を例示した。後に「出雲国」と比定する場所である。


<意富斗・大斗>
山稜に囲まれた「斗」(柄杓)の地形を示している。少なくとも三方を山に囲まれた地勢なのである。

「斗」の底面は田が作られた「意」であり、境に向かう坂のある側面は「富」と表現される。「斗」はこの二つの面から成り立っていることを示しているのである。

また、「大」=「人+一」と分解すると…、
 
頂上が平坦な山陵

…の地形象形と読み取れる。取り囲む山並みがほぼ標高の揃った尾根を形成している地形を表している。

「斗」を形成する全ての山陵ではなく、山並みが整った部分と読めるであろう。故に「辨」が存在することになる。「大きい」と言う意味と重ねられた表現ではなかろうか。後に「大坂」「大山」などが登場する。全て複数の意味を含んでいると思われる。

上図の上部に小さな「斗」が見える。これも後に登場する「由良能斗」である。決して「意富斗」とは表記されない。詳細は仁徳天皇紀で述べる。
 
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於母陀流神・妹阿夜訶志古泥神

「於母陀流」とは如何なる意味であろうか?…「於母|陀流」と区切ってみると「於母陀流神」は…、
 
於母(面:地面)|陀(崖)|流(広がる)|神

…「地面が崖となって広がっているところ」の神と紐解ける。崖に挟まれた深い谷間などを示しているようである。妹「阿夜訶志古泥神」は如何に読み解けるのか?…、
 
阿(台地)|夜(谷)|訶(谷間の耕地)|志(蛇行した川)|古(定める)|泥(水田)|神

…「谷がある台地で谷間に耕地を作り蛇行する川の傍らで水田を定める」神となろう。兄は地形そのものに絡み、妹はそこに流れる川に絡む、山麓の地、山稜の地、柄杓の地、崖の囲まれた地、そして流れる多様な川、古事記が伝える古代の人々の佇まいの地である。決して扇状地の扇の先にある広々とした平野ではない。

最後に現れるのが…、

伊邪那岐神・妹伊邪那美神


「伊邪那」=「誘う」と解釈されて来たようであるが、それに従う。上記の神々を「誘い導く」役割を担った神である。この二人によって具体的な場所に神々が導かれたと古事記が伝えている。大八嶋、六嶋の島生みの記述に始まる詳細な記述に繋がっていくのである。
 
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冒頭の段として古事記の舞台、その基本の形を神の名前を通じて述べている。ここに登場した神々の名前も例外なく「古事記の表現方法」で読み解くことができる。実に周到な記述であることが示されている。